代表 一田光彦
新日鉄を退職して温泉浴場を初めて早くも25年目を迎えました。これもひとえに皆様方のご支援の賜物と思います。私も○○才をこえました。人生64年連続で働いています。今後の平均寿命は男性95歳、女性104才といわれています.
令和7年末をもって子供に事業承継しました。
写真は松口月城書(昇り龍)
中世北部九州には企救郡に小田村氏、遠賀郡には麻生氏、宗像郡には宗像氏が存在。小田村氏は豊後大友一族田原親宏に攻め滅ばされる。(永禄12年10月9日)
北九州市域の中世武士小田村氏について皇學館名誉教授恵良宏先生が投稿され、中世から江戸時代における北九州の歴史がよくわかります。遠賀郡の中世武士はは皆麻生氏の家臣であり宗像郡は皆宗像氏の家臣である。自分の家も麻生の家臣でありながら知らない人が多い。
花尾麻生氏は秀吉の九州征伐(島津征伐)後、筑後に所変えされています)
一田家室屋(醤油屋)は明治初年の上底井野村戸長であり、明治最初の初代郵便局でもある。
「郵便の父」と言われる前島密は郵便局を全国に広めるために地方の有力者の助けを借りた。国費で局舎を立てる余裕はない。庄屋などをしていた資産家を準官史に登用した。公務員としての名誉を得た人々は、自宅の一角に窓口を開き郵便局の仕事を始めた。このやり方が日本の近代化に果たした役割は大きい。